2013年12月2日月曜日

迷子の警察音楽隊

オープニングで気が利いてる映画はその後の集中力が違う。この映画はまさにそのお手本のように出だしが素晴らく、あっという間に引込まれてしまった。
イスラエル映画のようだが、感覚的なシュールさは日本や欧米でも受け入れられる素養がある。 その理由はなにより人物描写の巧みさだろう。くそ真面目な中年上司とナンパで今時な部下。その関係は万国あるあるだし、文化は違えど人なんて一緒だなぁと思えて微笑ましい。

2013年11月11日月曜日

キツツキと雨

絶賛注視中、沖田修一監督の「キツツキと雨」。
ボクの大好きなチャップリンやウディ・アレン、パトリス・ルコントに通ずる命題、「人生は喜劇だ!」って感じがたまらなく良い。
彼の映画を一言でいうなら口下手な落語、そんな感覚。
人情風情、その本質は今昔変わらない。だからこそ如何に笑いとばせるか、普遍的にそこがキモなんだね。

2013年10月23日水曜日

パーマネント野ばら

久しぶりにいい映画に会った。
「パーマネント野ばら」
はじめコメディ。でも次第にシリアスになって、、、。
ラスト近くから台詞の一つ一つが心のひだに沁み入ってくる。何てことない普段の言葉にこれほど奥行きを感じることは少ない。

2013年10月6日日曜日

作曲に関して

先日、部屋の整理をしてたら自分の特集号を発見してしまった。「そういえばこんなこともあったなぁ〜」などと人ごとのように中の記事など読みふける。
で、止めときゃよかったと後悔する。自分のインタビューほど恥ずかしいものはない。この時ばかりは意味不明に生意気だった30歳のくそガキをしめ殺したくなり、同時に今ならどんな小さな穴にも隠れられるだろうと思う。
それでこの際、恥はかき捨てだとやけになり、付録のCDなんぞも聴いてみたりする。雑誌の企画用に曲も書いていたのだ。
冷汗をかきかき自爆覚悟でCDをトレイに載せる。
結果は意外だった。自分でも新鮮なほど曲が良かった。普段自分のアルバムなど聴きたくもないのに何故だかこの曲はすんなりと耳に入ってきた。そして不覚にも感動してしまったり。
そしてあの頃の感覚を少し思い出す。作曲、アレンジ、ミックスに対する執念。自信はなかったが、疑いひとつなかった努力。若さと片付けるにはあまりに執拗で、涙がでるほど挫折を繰り返し、涙がでるほど成功体験をした。明らかに人生をかけた時代。
今現在の我がに問うてみよう。お前にどれほどの力が残っているか?
もう一度問うてみよう。きたる50代に備えて、、、。

2013年8月14日水曜日

風立ちぬ

「風立ちぬ」観てきた。
一瞬潤っときたりもしたが、 それは多分に音楽の力かな。総体的な感想としては宮崎さんちょっと色々詰め込みすぎじゃーねぇですか?
元々二つの実話をミックスしたものとして、それはそれで手法としてありでしょう。でも結局のところ主題は何だったのか。震災、命、恋愛、日本人のもの作りへの魂。それぞれが舌足らずでね。本当に心を動かすまで語り尽くせていない。 作者本人の意思かは知りませんが、今言いたいこと全部言いたい!っみたいな焦りがジリジリと伝わってきて、、、。
この焦燥感はもしかして身体的に監督の最終章なんじゃないかって、なんだか宮崎ファンとしては悲しい気持ちになりました。
それから声優がね。主役の庵野秀明はさすがにミスキャストかと、、、。
熟れてない素朴さというのはこれまでの成功例、枚挙にいとまがありません。「耳をすませば」の立花隆 、「となりのトトロ」の糸井重里。でも今回はキャラクターの若々しさとはギャップが激しすぎて、ついていけなかった。この違和感も作品に入り込めなかった大きな要因です。いくらプロモーションとはいえ、有名人によるプロバガンダがそれほど必要だろうか。
以前、雑誌でアニメのクリエーターを取材してまわった。その時一番に感じたのは現場の熱気とひたむきさ。だからこそ一筋にガンバッっている声優陣にもっと門戸を広げてほしい。「もののけ姫」の石田ゆり子みたいなことになっては、寝る間もないアニメーターの方々は無念でならないのではないか。

2013年7月12日金曜日

青い鳥

偶発的なのだが、このところいじめをテーマにした作品に出会う。映画「青い鳥」の主題もまさにどストライク。舞台はやはり中学校である。
映画としての評価は今ひとつで、一体どんな意味があるのか、正面からの長回しアップがやたらと多く居心地が悪かった。音楽も下世話だったし、、、、。原作が良さそうなだけに残念。

中学生という年頃を思い返してみる。それなりに勉強し、それなりに部活をやり、それなりにサボり、それなりに真面目でそれなりに悪かった。盗んだバイクで走り出すことはなかったが、校舎のガラスは割りまくった。夏は川遊び、冬は雪遊び。テレビゲームをやり、学習塾にも通った。音楽と女の子に夢中で、学年のほとんどの男子と友達であり、先生ともよく話し、そしてどうしようもなく孤独であった。
そんな学校生活のとなりには常にいじめがあったように思う、、、。思う?そんな言い方はフェアじゃない。自分もどうしようもなくその渦中にいたのだから。
あの頃を思い出すと同時に降りてくる二つの感覚がある。清澄な夏の匂いと重苦しい底なしの黒。相反する両勢力は始めせめぎあうのだが、きまって黒が優勢となり、やがて心の隅まで埋め尽くす。それは容赦なきオセロマスターのように冷酷であり、また木馬から湧き出るトロイア軍のように勇ましい。
この深甚なる闇は決してボクを逃さない。多分これからもずっとそうなのだろう。そしてそうあるべきなのだ。

あの時期の不安定さを的確に示す言葉が果たしてこの世にあるだろうか?多分存在しない。青春と呼ぶにはあまりに醜くて、思春期ほど感傷的ではない。手のつけられない矛盾。顕示欲、苛立ち。言葉で片付けても意味はない。いくら書き綴っても、きっとあの黒で塗りつぶされるだけだろう。

2013年7月7日日曜日

横浜にて

昨日は最近出会ったカメラマン仲間と飲む。
梅雨明けの蒸し暑さも忘れる、爽やかな夜であった。

この歳になっても大事な友ができる我が人生、愉しきかな、、、、。